征服者-Conquistadores- -8-

「で、どうして姫君を止められなかったんだ?」

 路地裏を早足に歩きながらコンキスタドレスは酷く不機嫌そうにそう零す。

「……すまない」

隣を歩く俺は目を伏せ静かに謝罪する。あの時窓花を一人にしなければ、こんなことにはならなかった。
突然店を出た俺が路地裏で倒れているのを発見したコンキスタドレスはすぐさま状況を理解し、老いた店長に人形を取り置きしておく事を命じ、傷の塞がった俺と共に再び窓花の気配を追った。

「しかし私が一緒にいなかったのもいけなかったね。……まったくどこに行ったんだか。瞬、気配は?」
「こっちだ。…二人分? エレンの気配だが……」

 先程より幾分か落ち着いた声音で俺は言い、少々戸惑ったように首を傾げる。コンキスタドレスも不可解そうに呟いた。

「何故アレがこんなところにいるんだ?」
「恐らくは…『仕事』だろうな」
 ついこの間、エレンは己の上司から仕事の遂行について説教されたばかりだ。子供ながら職業意識に燃えていてもおかしくはない。

「だからといって上司の上司を攫うのもおかしな話だがね。手紙屋も大元は姫君の傘下だ」
「……子供にそんなことが理解できていると思うか?」
「仕事をしている以上、わかっていて当然だと思うけれどね」

そんなことを話しながら早足に二人の気配を追う俺たち。
だが、ふと気配が途切れて俺は立ち止まる。コンキスタドレスもそれに気づいたようだ。

「気絶させられたようだね。…エレンもか。姫君を連れて行ったのだから責任を持って守りぬくべきだろうに」
「それはそうだな」

 廃倉庫の前で佇み、消えた気配を探すコンキスタドレス。俺も神経を尖らせ二人を探す。

「中、か。奥の方へ連れて行かれたようだ。瞬は何かわかったかい?」
「…犯人は男。窓花に今すぐ何かしようというつもりはないようだが、どう変わるかは分からない。…どうする?」
「なんとしても姫君を無傷で取り戻す。方法は…そうだね。臨機応変に」
「方法になってないぞ」

 そう会話を交わしつつも一度だけ顔を見合わせて頷き合い、倉庫へ足を踏み入れる。足元の埃がふわりと舞った。

「さて、どうしようかね」
「犯人が近いな。窓花達はこの倉庫の奥あたりに移動させられたようだな。………上だ」

 呟くと同時に、コンキスタドレスの頭上に何本もの鉄筋が降ってきた。それをなんともなしに数歩移動しただけで回避し、コンキスタドレスはつまらなそうに溜息を吐く。

「こんなもので私たちを殺そうとするとはね」
「いや、普通の人間なら今ので死んでいる」
「場所は…あそこか。後始末は頼むよ、瞬」
「……あまり遊ぶな」
「わかっているよ」

クスリと微笑み、コンキスタドレスは落ちてきた鉄筋と埃を被ったまま放置されている機材を使い、吹き抜けになっている二階部分の両脇に張り出したキャットウォークに器用に駆け上った。

「人外の行動もあまりするな」
「無理だね」

 俺の忠告に爽やかな笑みで応え、コンキスタドレスはゆっくりと周囲を見回す。

「見つけた」

コンキスタドレスが猛禽類の微笑と共に己の向かいの通路に立つ男へ、床に転がっていた鉄パイプを槍投げの要領で投げる。長さ一mほどの鉄パイプはあり得ない速度で倉庫を横切り男の背後のコンクリートに突き刺さった。
黒スーツに眼鏡をかけた、針金のような細い体躯の男は、己の顔の真横に突き刺さった鉄パイプに僅かに硬直したようだった。普通鉄パイプを投げてもああいった現象は起こり得ないから、当然の反応だろう。まぁそもそも鉄パイプを軽々と投げるような奴も、コンキスタドレスくらいしかいないだろうが。
だがコンキスタドレスは放っておくとどこまでも暴走するので、牽制の意味を込めて一応釘を刺しておくことにした。

「ここは随分古そうだ。あまり壊すな」
「瞬は注文が多すぎるよ。ほら、私にばかり構っていないで仕事をしたまえ」
「……どう動けばいい?」
「その男の心でも覗いていればいい。なんなら私と代わってくれても一向に構わないよ」
 コンキスタドレスの楽しげな口調に諦観じみた溜息を吐き、俺はもう一度自分の斜め上の足場に立つ男を見上げる。男も視線を感じたのかこちらを見、目が合う。その瞬間、男の感情・思考・記憶が一気に心の中に流れ込み、軽い目眩がした。

「……職業は情報屋兼暗殺屋。所属は窓花の組織と敵対している処だな。だが仲間はおらず単独行動。窓花の誘拐は上から命令されていない独断専行でしかも実費か。ずいぶんと面倒なことだな」
「な、何だ、お前ら……」
「姫君の騎士さ」

 己の個人情報を並べられ、化け物でも見たかのような男の口調にコンキスタドレスは自慢げに答える。

「エレンは放置か」
「確かに紅くて黒くて小さくて私の好みだけれどね。姫君には遠く及ばない」
「そんな理由であいつで遊んでいたのか」

 確かにコンキスタドレスは黒か赤で小型のものを好む。それらの条件に一致するものであれば猫だろうが人間だろうがこよなく愛する妙な嗜好があった。
 俺の呆れを含んだ言葉にコンキスタドレスは綺麗に笑って首を傾げてみせる。

「何か問題があったかい?」
「いや。…俺は窓花達を探してこよう」
「ふざけるな、化け物共!!」
 どこか長閑な常識を逸した会話に男は足元に置いていたマシンガンで俺を狙ってきた。複数の弾丸が、一瞬反応が遅れた俺を直撃する。その内幾つかは体を貫通し、赤い筋を描きながら床に散らばった。強い衝撃と痛みに思わず膝をついてしまう。
その時、俺を見つめていたコンキスタドレスと目が合い、無言の指示を受けとって俺は体の回復に集中するため意識を手放した。





「ふむ、確かに腕は多少良い様だね。けれど少々腕力が足りないようだ。弾の力に負けて照準が少しずつずれていっている」
相棒が撃たれたにも関わらず、コンキスタドレスは淡々とした声音で男の銃の腕を評価した。

「何だと…?」

コンキスタドレスと血まみれで床に伏した瞬とを交互に見比べ、男は青ざめた顔で呟く。キャットウォークから身を乗り出して瞬を見下ろすも、俯せに倒れた少年の胸からは鮮血が溢れ、ピクリとも動くことはない。間違いなく、死んでいる。

「さぁ、次はどうするんだ? あまり私を退屈させないでくれ」

 煽るようなその口調に怒りが湧き、先ほどこの男に感じた恐怖がかき消される。
 こんなひょろい男に負けるはずがない。自分はもっとすごい修羅場を幾つも潜ってきた。ガキのお守りをしてのうのうと暮らしているこいつらとは違うのだ。
 男は降ろしていたマシンガンを持ち上げ、その照準をコンキスタドレスへと定める。

「死ね!」

 引き金を引く。しかしコンキスタドレスは避ける素振りもなく真正面から銃弾を受けた。余裕の笑みを浮かべたコンキスタドレスの表情が一瞬歪み、そのまま床に膝をついて動かなくなる。

「殺った…のか……?」

 呆気なく動かなくなったコンキスタドレスを見、男は逆に驚いたように目を見張る。【征服者】と恐れられるこの男をこんなにも簡単に殺せるなど思いもしなかったのだ。

「は、ははっ……」

もう一度用心深く倒れたコンキスタドレスを見、完全に事切れていることを見届けると男は引きつった笑い声を上げる。笑い声は徐々に高笑いとなり、人気のない廃倉庫に木霊した。

「ははっ…倒したぞ。あの征服者を、《番犬》を始末したんだ。これで俺は再び我が主に……」

 笑いながらふと下を見て、男の笑いが途切れる。

「…………あのガキ、どこ行ったんだ……」

 階下で倒れていたはずの少年の姿がきれいに消えている。まだ死んでいなかったのだろうか。

「嘘だろ、何故……」

男は酷く取り乱したで叫ぶ。

「何故血痕すら残っていない!?」

廃倉庫に響いた声に答える者は、誰もいない。


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