征服者-Conquistadores- -5-
瞬と指切りをした窓花は、店へ入っていく瞬を見届けてから再び空へと視線を戻した。
周囲に聳えるビルは空を歪な正方形に切り取り、時折その空を鴉や鳩が横切る。ビルの縁に留まった鴉は甲高い声で鳴き、路地裏の薄暗い雰囲気と相まって窓花を少しだけ怯えさせた。
やはり瞬と一緒に行ったほうがよかっただろうか。一人でいることに急に不安を感じ、窓花それを紛らわすためにはきょろきょろと周囲へ視線を巡らせる。
ふと、ビルの影に赤が見えた気がした。窓花は不安から服の胸元をきゅっと握りしめ、ビルの角を凝視する。
一度は路地裏へ引っ込んだ赤は、何を思ったか再び戻り、ビルの角からピョコンと顔を覗かせた。
「あっ、ハナちゃん見っけ!」
路地の角から、場にそぐわぬ大輪の花のような笑みを口元に浮かべ、窓花の数少ない年の近い友人、エレンが姿を現したのだ。
窓花と同じくらいの短躯を黒いスーツで包み、頭の上には黒のシルクハット。そこから覗く髪は血のように赤黒く、最初に角から見えたのはその髪だと判断できた。目元はシルクハットと長い前髪の所為で見えなかった。人懐っこい笑みを湛える口元しか見えない。斜掛けにした大きな黒い郵便鞄は、背負っているというよりも鞄に背負われていると言った方が正しい。
「ハナちゃん、元気? どうしたの? 大丈夫?」
エレンは首を傾げ矢継ぎ早に質問をしながら窓花の顔を覗き込んだ。
「エレン……」
窓花は驚いたように呟き、矢継ぎ早に言われた言葉を数秒の間反芻してからこくりと頷く。
「レスたちとおかいものにきたの。どうしてエレンはここにいるの?」
「ミー? ミーはお仕事中だよ? だから……」
エレンはおもむろに窓花の手を取り、先程とは違った笑みで微笑んだ。
「行こうよ、ハナちゃん。あっち」
「あっち? でも……」
「大丈夫。行こう!」
レターラはろくに説明もせず窓花の手を引っぱって路地内を歩き出した。微かに鼻歌も聞こえる。
レスたちが自分を連れてくるようにエレンに言ったのかもしれない。入口も瞬が入って行ったところの他にもあるのだろう。
窓花も、エレンの自信満々な様子に安心したように手を握り返し、自分よりも少しだけ早いエレンの歩調に合わせるように足を速めた。
店の中は薄暗く、扉の磨硝子とアンティークのランプ、純銀らしい燭台の蝋燭だけが窓のない店に頼りない明かりを供給していた。
そんな中、コンキスタドレスの命令で窓花に見せる幾つかの人形をこの店唯一の従業員であるらしい老店主と共に探していた時だった。
ふと、窓花の気配が遠くなった気がした。扉の方を見るが、磨硝子の所為で何も見えない。
「瞬?」
「…様子を見てくる」
言い残して俺は足早に店を出る。
店の扉の横に窓花はいたはずだった。けれど今その姿はどこにも見当たらない。
窓花は約束をしたからには自分からいなくなるようなことは決してしない。ならば、彼女に何かあったと考えるのが自然だろう。
背中に嫌な汗が伝った。
俺は路地を見回し、窓花の気配を探る。この場所を離れたばかりなのか、かすかに残滓が残っている。それに安堵し、俺は残滓を追って早足に歩を進める。
本当は走りたかったのだが、気配の残り香は徐々に薄くなるばかりで、探るのに集中しなければ見失ってしまいそうなのだ。
幾つ目かの路地を曲がった瞬間、体中に嫌な衝撃が走った。
撃たれた、と思った時にはもう遅く、脳にまで潜り込んだ銃弾のせいで相手を見ることもなく俺の意識はふつりと途切れた。
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