征服者-Conquistadores- -4-

 次の日の午後、東京都原宿に一台の黒塗りの高級車が停車していた。
たまたま休日と言う事もあり、道行く人々は遠巻きに、物珍しげな眼差しでそれを見守っている。
 俺は好奇の視線を無視したままに車から降り、後部座席のドアを開いて同乗者が下りてくるのを待った。
ドアの手前に乗っていたコンキスタドレスは、自分が車から降り立つと片膝を付いて優雅な仕草で手を伸ばし、もう一人の、この車の所有者を導いた。
 窓花はコンキスタドレスの手を借りてしずしずと車から降りると、不安げに周囲を見回す。自分たちに注がれる視線に気付き、コンキスタドレスと俺を交互に見た。
 窓花の小さな体は外出用の、フリルとレースでふんわりと膨らみ、腰から裾にかけて広がっている純白のドレスを着こんでいる。ドレスに合わせたレースのヘッドドレスの下からは、母親似の長く美しい金髪が細かい編み込みを混ぜて垂れ下がっていた。早朝からドレッサーの前に窓花を座らせて試行錯誤していたルキナスの努力の結果だ。
対する俺は普段と変わらない黒のスラックスに襟の開いたワイシャツ、コンキスタドレスもいつも通りの黒と赤を基調にした服装なので特に変わり映えはしない。

「大丈夫だよ、姫君。なんならあれらを姫君の目の届かないところにやってしまおうか?」
「仮にも街だ。無茶なことを言うなコンキスタドレス」

 優しげなコンキスタドレスと冷めた口調の俺とのいつもの掛け合いに僅かに安堵した表情を見せ、窓花はもう一度ゆっくりと周囲を見回す。
 高いビルと沢山の店。排気ガスの妙な匂いでさえも、白金の自宅から滅多に外に出ることのない窓花には酷く新鮮で興味深いものなのだろう。

「窓花、コンキスタドレス。ここに居ても迷惑以外の何者でもない。目的地がどこだとしても、さっさと車を退かさないと駅から誰も出てこられないぞ」
「おや、改札の前だったのか」
「…少しは悪いとか、そういうことも考えてやったほうがいいぞ」
「これでも思っているつもりだけれどね」
「どの口がそんなほらをほざいている? 窓花、コンキスタドレスは少々頭に難があるようだ。さぁ、こっちに」

 俺に促され窓花が小首を傾げながらも俺の手を取る。傍から見れば、金髪と黒髪といった容姿の違いを差し引いても年の離れた兄弟のようにも見えるのだろうか。
 コンキスタドレスはどこか親のような眼差しで俺たちを見てクスリと笑い、さりげなく自分も窓花の手を取り歩き出した。
 目的の店は表通りから幾つか路地を入ったところにあった。
 高いビルに挟まれるように建つ、隠れ家的な場所にある骨董品店。一旦俺と窓花を店の外に待たせ、コンキスタドレスはひとり店の中に入って行った。
 窓花の間に穏やかな沈黙が流れる。
 俺も窓花も多弁な方では決してない。俺の場合は口を出さなければコンキスタドレスがいくらでも暴走するので口を出しているだけで、何事もなければいくらでも黙っているような性格だ。
 窓花も人との接触にあまり慣れていないため口下手だが、今日はどこか違った。見知らぬものを見るたびに「あれはなに?」と問い、新たなものを見つけるたびに楽しそうに声を上げて笑った。
 だから。

「疲れていないか?」

 静寂の合間を縫うようにしてそう訊いたのも、そんな窓花を気遣ってのことだった。

「へいきよ。……瞬は?」
「俺も問題はない。……この買物が終わったらどこかで一息つくか」

 俺の提案に窓花はこくりと頷く。さすがにあれだけはしゃいでいれば喉くらいは乾くのだろう。いつも家の中で仕事をしているのであれば尚更だ。

「瞬、ちょっと手伝って欲しい」

 店の中からコンキスタドレスの声がした。
 瞬が視線で窓花を促すと、窓花はふるふると首を横に振った。

「ここにいるわ」
「何故だ? ひとりでは危険だろう」
「だいじょうぶよ。あのね」

 窓花はふい、と小さな指で上を指差す。つられて見上げれば、周囲のビルで歪な四角形に区切られた空があった。

「テレビみたいよ。もうすこし、みていたいの」

 楽しげに笑う窓花に、しばし躊躇う。
 人通りがないとは言え、窓花をこんなところでひとり残しておくわけには行かない。しかし普段のコンキスタドレスの呼びかけなら一向に無視しても構わないのだが、あの店内の雰囲気ではどことなく雑用をやらされそうな雰囲気もまたあった。

「瞬?」

 無視したいのはやまやまだったが、こう何度も呼ぶところから行かなければならないらしい。ならば窓花をおいて行くわけには行かなかった。

「窓花、行くぞ」

 再度渋々呼びかけるが、窓花は黙って首を振る。動く気はないらしい。

「……窓花」

 口調を少しだけ強めて繰り返すが、珍しく効果はない。

「どうしてもここにいると?」
「えぇ。瞬たちがもどってくるまではどこにもいかないわ」

 約束する、小さな小指を出され、俺はしばらく悩んでから溜息を吐いた。視線が合うように屈み込み、差し出された窓花の小指に自分の小指を軽く絡ませる。

「……すぐに戻ってくる」

 窓花が頷くのを見届け、俺は僅かに埃っぽい店の中へと踏み込んだ。


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