征服者-Conquistadores- -11-

「おや瞬、ご苦労様」

 乱入してきた俺を特に驚いた風でもなく迎えるコンキスタドレスの手には未だ西洋剣が握られている。その切っ先には窓花を誘拐し閉じこめた男がへたり込んでいた。
 その様子から自分がこっそり出ていったあとの事情を飲み込み、俺は呆れて溜息をつく。案の定、男をいたぶって遊んでいたようだ。

「面倒な事をすぐ俺に押し付けるのはお前の悪い癖だ。いい加減矯正しても罰は当たらないと思うぞ。窓花が大切ならば、自ら迎えに行けばよかっただろう」

 小言を言ってやれば、コンキスタドレスは二階のキャットウォークから視線だけでこちらを見、ニィと妖美に嗤ってみせる。しかしその手の物は未だ男に向けられ、喉元からは微塵も揺らぐ事はない。

「私は瞬にも見せ場を与えてやったのだよ。感謝こそされても窘められる所以はないと思うのだけれど」
「御託はいい。とにかく剣を降ろせ。窓花が怯えている」

 窓花を手で示して言うと漸くコンキスタドレスは俺の手を握りしめている窓花に視線を移す。窓花は二階にいるコンキスタドレスを見上げ、その手の中の剣に少しだけ怯えた様子で隣に立つエレンの服を握った。エレンは俺の後ろに隠れるようにして立っているから、その仕草はコンキスタドレスからは見えないだろう。

「姫君、怪我はないか?」
「……だいじょうぶよ。レスは?」
「私も大事ないよ。あぁ瞬、そこの黒くて紅いチビが逃げ出さないように見張っておいてくれ」

 コンキスタドレスの言葉に、エレンが大袈裟に肩を震わせ、忙しなく帽子が動いた。窓花は不安そうにコンキスタドレスとエレンを見上げ小さく呟く。

「けんかは、だめ…」
「喧嘩ではないが…」
「まぁ姫君がそう言うのならば仕方がないね。では早々に降りていくからそこで待っていておくれ」

 下にいる三人に告げ、コンキスタドレスは再び男に向き直り、低く囁く。

「さて、これでお前の役目は全て終わった。万が一瞬が見つけられない場合のために生かしておいたのだが、姫君も無事奪還できた事だし、安心して逝くといい」

 コンキスタドレスは剣と男が窓花の視界に入らぬよう立ち位置を変え、慈愛にも似た微笑を浮かべたまま勢いよく男の喉に西洋剣を突き刺す。項まで貫通した刀身を紅い液体が滴ってコンクリートの床に散った。

「散々遊んだ割にはあっさり殺ったな」
「姫君にいつまでも無様な姿を晒すわけにもいかないだろう?」
 コンキスタドレスはこともなげに指先で肩に掛かる髪を払いながら微笑む。剣を数度振って血を掃ってから腰の鞘に納め、軽い歩調で機材を伝って俺たちの方へと降りてきた。

「ルキナスや警備隊の方へ突き出すべきだったんじゃないか?」
「ルキナスのやり方は瞬に似て酷く陰湿だ。それに連れて行ったとしてもルキナスが泳がせているスパイに逃がされても面倒だろう?」

 ならば私が一思いに殺すほうが後始末も楽だ、とコンキスタドレスは不敵に笑う。そして俺の背後で不安げにこちらを見上げている窓花を手招いた。窓花はまだ少し怖かったのか、しばしの間躊躇う。
 その様子にコンキスタドレスは困ったような微笑を浮かべ、俺の手とエレンの服を掴んだままの窓花の前に跪いた。

「すまなかった、姫君。怖い思いをさせてしまったね。怪我はないか?」
 優しい声音に窓花はようやく微笑み、コンキスタドレスの方へと小走りに近寄った。

「わたしはへいきよ。レスはおけがは? いたい?」

 窓花は俺たちが不死だということを知らない。それ故の疑問。コンキスタドレスは一瞬だけ驚いたように眉を上げ、けれど嬉しそうに答える。

「いや、痛くはないよ、姫君。私も瞬も、怪我はすっかり消えてしまったから」
「よかった……」

 その答えに窓花は安心したようにコンキスタドレスの胸に飛び込んだ。短い腕をコンキスタドレスの首にまわし、きゅっと抱きしめる。

「姫君……」

 あんな残酷な自分たちは、この少女にだけは見せたくなかった。きっと嫌われてしまうと思ったからだ。けれど…。

「俺たちを、受け入れてくれているようだな」
「…そうだね。けれど瞬、それを今この場で言うのはかなり無粋ではないかい? 私は姫君自身から愛を囁いて欲しかったのだが」
「親子で愛は囁かない。本気で言っているのだとしたら、この国では犯罪だ」
「ならば姫君と共に他国へ渡ればいいだろう」
「幼児愛好趣味は全世界共通で犯罪だと思うがな。それに窓花はこれでも組織の総帥だ。連れて行けるわけがないだろう」
「瞬、いくら私でも本気と冗談の区別くらいはつけているつもりだよ」
「ほんの数瞬前まで本気で考えていたヤツに言われたくはないな」

 楽しげなコンキスタドレスとひどく疲れた口調の俺。いつもの俺たちだが、窓花はそれでもおろおろと仲裁に入る。

「けんか…だめよ?」

窓花の小さな叱咤に、コンキスタドレスは何故嬉しそうに窓花を抱き上げた。

「大丈夫。喧嘩ではないよ、姫君。私と瞬はこうして友好を深めているんだ」
「……俺は嫌だぞ、こんな深め方は」

本気で嫌そうな色を浮かべた俺に悪戯っぽく微笑みかけ、窓花はコンキスタドレスの腕の中からレターラを見下ろす。

「エレンもおうちにくる?」
「ん…ミーはいいや。キャサリン探さなきゃならないし」
「そう。でもまた遊びにきてね」
「うん、ハナちゃんもね」

そう言うが早いが、エレンはコンキスタドレスの目から逃げるようにそそくさと倉庫を後にした。

「さぁ、私達も帰ろうか、姫君」
「えぇ」
「……ルキナスへの言い訳を考えて置いた方がいいか……」
「ルキナスがおこるの?」
 不思議そうな窓花に瞬は一つ頷き、目を伏せる。

「窓花が誘拐されたのは俺の責だ」

 自嘲気味に言った刹那、俺の頬に何かが触れる。顔を上げると、目の前にはコンキスタドレスに抱かれた窓花の顔があった。心なしか、瞳は普段よりも強い光を宿している。

「ちがうわ。わたしがかってにいってしまったのだもの。ルキナスにはわたしがごめんなさいをするわ。だから、瞬はなにもいってはだめ」
「だが窓花…」
「わかった? 瞬」
俺の言葉を遮るように念を押して首を傾げる窓花に、コンキスタドレスは静かに加勢した。

「瞬、姫君の命に逆らう気か」
「………わかった」

 これ以上言えば窓花以上にコンキスタドレスが怒り出すだろう。俺は仕方なく頷き、踵を返す。懐から携帯電話を取り出し、原宿のパーキングエリアで待っているであろう窓花の車を呼びだした。


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