征服者-Conquistadores- -12-

 窓花の家に着いた時、彼女の秘書のルキナスは玄関の前に立っていた。彼がこうして立っているのは主であり妹分の窓花を出迎えるため。コンキスタドレスが彼女を連れだした時、ルキナスはいつもそうするのだ。けれど今回は少々違ったようだ。

「どういうことだ、コンキスタドレス」
 冷えた声音に感情は出ていない。表情すらも消してルキナスはただ静かにコンキスタドレスに問い掛ける。

「何がだ?」
「窓花には傷一つ負わせるなと言ったはずだ」
「何が言いたい?」

 問われている内容を知ってはいても、コンキスタドレスはとりあえず惚けることにしたらしい。普段通りの表情で、青筋を立てたルキナスを見つめ返している。

「……何故誘拐など引き起こした!?」
「私が企画したわけではないよ」
「そう言う問題ではない!」

 苦々しく吐き捨てるルキナスにコンキスタドレスは飄々言ってのける。その背後で、今までずっと黙っていた俺は平坦に問い掛けた。

「……そもそも何故知っている、ルキナス?」
「鎖を巻いた鴉がこれを持ってきた」

 苦虫を噛み潰したような表情のまま、一枚の紙を差し出した。
 コンキスタドレスがそれを受け取り、俺にも見えるようにして広げた。

『拝啓 移木の秘書
この度は我々の組織の者が迷惑をかけたようだ。
アレは解雇し今後我々は関知するところではない為、そちらに始末の一切を任せる。』


「彼らしい簡素な文面だね」
「それにしても、随分と早い対応だな」
 俺たちの緊張感の欠片もない反応に、ルキナスは諦めたように一つ溜息を吐き出す。そして俺とコンキスタドレスを困ったように交互に見遣った。

「……いくらコンキスタドレスといえど、総帥まどかを守り抜けなかった事実に変わりはない。幹部連中との協議の後、処置を言い渡すから暫く家でじっとして――」
「さぁ、瞬。自称【敏腕仲介屋】の彼の所へ行こうか。そろそろご無沙汰だったから仕事も溜まっているだろう」
「先週訪問して仕事を捻り出させたばかりだが……仕事への意欲が出てきたのはいい傾向だ」

唐突に話を変えたコンキスタドレスの意図を汲み、俺は常以上の無表情でもっともらしく頷いた。
窓花の組織の上層部には、俺たちの事を快く思っていない者も多い。寧ろ快く思っていない者の方が多いと言っても、間違いを指摘される事はないだろう。いくら窓花が弁護してくれたところで、今回ばかりは少々分が悪い。ほとぼりが醒めるまでフランス辺りにでも高飛びをしていたほうがいいだろう。

「俺が逃がすと思うか?」
「私達を捕らえられるとでも?」

ルキナスの鋭い視線を笑顔で逸らしつつ、コンキスタドレスは窓花の金の髪に軽いキスを落としてからさっと踵を返す。
俺も謝罪の意を込めて窓花の頭を撫でてからそれに続いた。





 窓花に別れの挨拶を告げた二人は次の瞬間には蜃気楼のように消えてしまった。
 少しだけ寂しそうに二人の消えた方を見詰める窓花を抱き上げ、ルキナスは屋敷の方へ歩いていく。

「ルキナス……レスたちをおこったらだめよ?」

 窓花の言葉にルキナスは少し考えてから答えた。

「……今回は彼らが主犯だったわけではない。かなり無理があるが、適当に理由を作って幹部達にはあっちの組織の方へ関心を向けてもらおう。窓花、疲れただろう。すぐにお茶にしよう」
「えぇ、ありがとう」

 ルキナスは窓花を抱いたまま片手だけで器用に玄関の扉を開き屋敷の中へと消える。
 門の両脇に生える桜の大木の枝からその様子を窺っていたコンキスタドレスと瞬は安心したように一度顔を見合わせ、今度こそ本当に仕事へ行くために空気に掻き消えた。


The END

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