人形遊び-9-

『俺は……俺は、何?』
神。創造主。世界の製作者。俺は……

「……地上のすべてのものは息絶える」

不意に、フィーの声が響いた。園樹が、セルペンスが、ヤハウェが、驚いてフィーを見る。

『フィー……?』

ヤハウェが、呟く。唐突に呟かれた言葉は、何故か深く全員の心に滲みこんだ。

「眠っていたかっただけなのに。ただ、停滞していたかっただけなのに。私にはそれすら赦されない。しかし、流れを変える力すら、今のわたしは所有していない」

セルペンスの腕の中で呟かれる、静かな口調で紡がれた言葉。普段のフィーでは決してしない、否、できない言動。

「フィー……?」

セルペンスは腕の中の子供に恐る恐る声を掛ける。良く知っている者のはずなのに、声が震えている。フィーに対して恐れる事など何もないはずなのに、酷く怖い。この雰囲気のせいだろうか。それとも……?

「アンタは、誰ですか?」

園樹が固い口調で尋ねる。子供に対するには硬すぎる声音。

「ちょっ……ソノッキーなに言ってんだよ。誰って……フィーだろ? ソノッキーが見つけたさ」

セルペンスが戸惑ったように言う。きっとまたヤハウェがふざけて操っているのだろうと、そう思っていた。

「フィー――サファイア。神の契約を刻む石。幼き神が名付けた名前」
「違います。聞きたいのはそんな事じゃない。アンタは……何ですか?」

静かな声で答えるフィーの言葉を遮り、園樹は問いを重ねる。

「何、か。わたしは一般的な概念でいうところの闇。全ての根源。そして幼き神に与えられた名は、『夜』」

感情の見えない声音で淡々と言うフィー否、闇。

「や、み……? そんな馬鹿な……」

セルペンスは闇の答えに驚き、彼を腕から取り落とす。彼は身軽にアスファルトの敷かれた地面に降り立ち、身に纏う白い服の汚れを手で軽く払う。

「そう、闇だ。エデンの蛇よ」

 闇は薄く微笑い、額にかかった純白の前髪を煩わしげに払う仕草はヤハウェと酷似していた。

『闇? そんなものが俺を造ったっていうの? …ありえない。信じらんない、そんなものに意志があるなんて…』

呆然としたヤハウェの呟き。誰に聞かせるわけでもない言葉に闇はクスリと笑った。

「そう信じられない話でもないよ、幼き神。わたしの最初で最後の創造物よ。わたしは全ての発端から存在し、今の今まで眠っていた。お前の人形を偽って」

闇は綺麗に微笑み、語り出す。

「わたしの発端はたった一回の爆発だ。何の意味があって起こったのか、今はもう定かではないが、人間達がビックバンと呼ぶ、全ての幕開けであったあの爆発。それは無であった世界を妁き、わたしを生んだ。それは只の偶然か、あるいは予定調和の必然かはわからない。けれどわたしは生まれ、わたしの意志が確固たるモノになった頃、わたしの周りに幾つもの塊が出来始めた。それは、宇宙の誕生」

闇は訥々と語る表情は無で、心情を推し量る事は不可能だった。

「それって生物とかの教科書に載っているのと同じですけど……まさかそんな事が本当に?」

園樹が闇に問いかける。常識では当たり前な、しかし実際では容易には信じられない話。

「人間の想像力には恐れ入るよ。見てもいない事をまるで見てきたかのように言い、自分なりの理論を立てて確信しているのだからね」

闇は自分の背丈より二倍近く高い園樹を見上げ、ふっと微笑む。

『そんなのの誕生秘話なんてどうだっていいよ。……俺は、何故、どうやって造られたの?』

焦れたように、早口に闇に問うヤハウェ。

「幼き神を造ったのはほんの数千年前だ。かつて炎を抱いた小さな星の中で生まれ、進化した生命体である人間達がそれなりに繁栄してきた頃。人間達は己の中に絶対の存在を見出した。世界を見守り、支配する架空の存在。その中に安楽と慈愛を求める為に。だが実際にはそんなものは存在しない。何も出来ない、見守る事しか出来ないわたしがあるだけ。
だからわたしは人間の理想を形にしてみた。……いや、人間の為と言いながらも、わたしはわたしの傍に居てくれる者が欲しかっただけなのかもしれない。わたしは生まれてからずっと一人だったから。人間を見守る事は出来ても、触れ合う事は決して出来ない。だからわたしは人間の思想に基づいて幼き神を創造し、わたしの誕生からの記憶を与えた。
だが、造った後、わたしは思った。神がいるのなら、わたしは存在しなくてもいいのでは、と。幼き神は与えられた記憶を自分の物と認識し、自分は全能だと思い込んだ。当のわたしは人間に対し何もしてやれなかったというのにね。全てを自分の創造物と認識したのだ。そして、本来の人間を見守り、時に導くという役割を忘れた。
見守る役目を幼き神に譲ったわたしは眠りにつく事にした。見守る者は二人も必要ない。だが、今思えば自己中心的な押し付けだったのかもしれない。わたしは自らを幼き神の傀儡と偽り、自己を閉じた。幼き神は何の疑いもなくわたしを人形と認識し、抜け殻であったわたしに人形としての人格を与えた」

ヤハウェは沈黙している。求めていた答えとは違うとでも言うように黙ったまま大きく頭を振る様子が場の全員の脳に映像として映し出される。

「この答えが気に入らないようだな、幼き神。だがこれが真実。お前の知りたがった誕生秘話だ」

諭すように優しげな声で闇は言う。ヤハウェは信じたくないとでも言うように首を左右に振り続ける。

『嘘だ、俺は……っ、俺は―――』

今にも泣きそうな声音。普段ならば決して出さない、幼い声音。

「理解したかな、人間。最初の質問の答えにしてはいささか長すぎたが、気に入ってくれただろうか?」

闇は園樹を見上げ、微笑む。いつもと同じ綺麗な笑顔。しかしそこに無邪気さは欠片もなく、全く違うもののように見せていた。


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