人形遊び-7-

一方、セルペンスから電話での指示を受けた園樹は、彼とは反対方向の住宅地ばかりの地区を探し回っていた。こちらの方にはよくセルペンスと散歩に行く公園がある。マンション周辺はほぼ探しつくしたので、そこを含めて広範囲に探してみるつもりだった。

「ほんとに……どこ行ったのかな。ったく」

 ひとり愚痴りながらも、目だけはしっかりと周りを見渡し、フィーらしき人影がないかを探している。しかし、かれこれ三十分は探し回っているが、見つかる気配すらない。

「……やっぱ駅の方だったのかなぁ」

セルペンスから連絡がきていないかと、何度目か判らない携帯のディスプレイを確認する。メールも電話もないようだ。こっちから連絡してみようとも思ったが、なんとなく後ろめたくて止めた。自分がもっとちゃんと見ていなかった所為でいなくなったのだから、自分の力で見つけてみせる。そんな決意にも似た思いを再び固めていると、ふと、どこからか声が聞こえた気がした。

「あの子……?」

耳を澄ませてみると、確かに聞こえる。

―――お前は顔に汗を流してパンを得る。土に帰るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る――……

小さな、子供特有の高い声。特段声を張り上げているわけでもないのに、住宅地の塀に反響してこちらまで聞こえてくる。
考える間もなく園樹は声の聞こえる方に向かって走り出していた。十字路やT字路にぶつかる度、耳を澄ませて声を探る。声もこちらに向かっているらしく、段々と近くなっていた。
何度目かの突き当たりを右に曲がったとたん、何かが膝にぶつかった。慌てて足元を見ると、そこには見知った幼い顔。

「フィー……?」

呼び掛けると、ぶつかった衝撃で地面に尻餅を付いたフィーがキョロキョロと周りを見回し、そして上を見上げる。

「ソノキ……」

 そして最初に会ったときのように園樹を見上げ笑ってみせた。いつもの笑顔のはずなのに、その空虚さに何故か寒気がした。

「ソノキ、じゃないだろ。なんて格好してるんだよ」

フィーの真っ白な服は 何度か転んだのか汚れていた。裸足だったせいで足からも少し血が出ている。

「セルさんが心配してるよ」

言いながらほっと息を吐く。しかしフィーは俯き、ポツリと呟く。

「ヤハウェ……よんだの」

 言い訳にも聞こえる言葉。けれどフィーの表情はどこか虚ろで、いつもくるくると動いていた瞳は焦点が合っておらず、まるで人形が喋っているような違和感を覚えた。

「ヤハウェ……よんでたの。かえっておいでって。だからいったの」

全く要領を得なかったが、とりあえず園樹は納得しておくことにする。詳しいことはセルペンスにでも話してくれればいい。

「もういいから帰ろう。とりあえず風呂入って。あ、足の怪我もなんとかしなきゃならないし。……っと、その前にセルさんに連絡か」

 園樹が携帯を取り出し、セルペンスにかけていると、フィーは再びふらふらと歩き出す。

「っちょ、フィー、何処行くの?」
「ヤハウェよんでるの。おいでって」

フィーはポツリと呟き、住宅地に入り込んでいく。真っ白で目立つ服を着ているはずなのに、フィーの姿は今にも消えてしまいそうに儚く、走っているわけでもないのに注意していなければ見失ってしまいそうだった。それを追いながら携帯を耳に当てセルペンスが出るのをひたすら待つ。
十コールほどたって、ようやくセルペンスが電話に出る。だが声音はいつもの軽快なものではなく何処か切羽詰っているような必死な声だった。

『ソノッキー!? フィーが見つかったの!?』
「見つかりましたけど……なんかワケ判んないコト言いながら歩き回ってます」
『……多分ヤッ君に呼ばれてるんだよ。今の場所は? 何処?』
「三番地の南公園前です」
『っ、反対方向だったのか……。わかった、すぐ行くから』

ぶつり、と唐突に電話は切れた。あの調子だとすぐにでも来るだろうと踏み、園樹はフィーに集中することにした。
フィーはおぼつかない足取りでふらふらと歩いている。行き先は定まっていないようで、まるで夢遊病者のようだった。園樹が走ればすぐにでも掴まえられる距離だったが、彼はそれをしなかった。否、できなかった。何故かは判らなかったが、何となく、そうしてはいけないような気がしたからだ。
一定の距離を保ったまま、フィーの後を付いていく。傍目には怪しい行為以外の何でもなかったが、そこはあえて無視することにした。

「――フィーっ」

不意に背後から声が聞こえ、園樹は反射的に振り返る。そこには見知った隣人の青年の姿があった。

「セルさん…」

園樹の呼び掛けに応えずに、セルペンスは園樹の横を素通りしてフィーを捕まえて抱き上げる。

「フィー……よかった」

安心したように大きく息をつき優しく抱きしめるが、腕の中のフィーは無反応だった。相変わらず、無表情で何かを呟き続けている。
誰に聞かせるでもなく、物語を語り続ける。

「…フィー?」

――この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。神は地を御覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた――

訥々と語られてゆく物語。
神の、人間の、洪水の――終焉の物語。


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