Bijou Vert-8-
「マリア嬢、ソウルイーター、此度のこと、本当に申し訳なく思っている」
召使達が応接室の片づけをしている中、別室に移った二人にフェヴェッツェ公はそう謝罪した。向かい合った二人掛けのソファの片方にはマリアとソウルイーター、その向かいにはフェヴェッツェ公が沈痛な表情で腰掛けていた。
「フェヴェッツェ公が悪いわけではない。顔を上げてたもれ?」
「しかし、此度のことは私の監督不行き届き。それに私の家でマリア嬢を危険にさらすなど、ミルカ殿に申し訳が立ちませぬ。家臣の尻拭いは主が仕事。あれの請求された五百リガを私が支払うことで、少しは罪滅ぼしになりましょうか」
「…どうする?」
「俺に聞くな。あいつが死んだ場合どうすればいいかなど店主は言っていなかった。だが聞きに行くにも、連絡手段はもう一度あの店に行くしかないだろうな」
マリアとソウルイーターが言葉を交わしていると、フェヴェッツェ公が穏やかな表情で言った。
「ならばその店の場所を教えていただきたく。私が出向き、グレゴリオの主として店主に謝罪しよう。……そして、マリア嬢」
「何かや?」
「見合いの話ですが、こちらから辞退させていただいてもよろしいでしょうか? 私は心から姫をお慕いしておりますが、このようなことがあってはミルカ殿に顔向けできない」
名残惜しげに、けれどきっぱりと言うフェヴェッツェ公に、マリアは静かに頷く。
「妾は結婚などまだ考えられませぬ。けれど…貴殿とは良き友人でありたいと思いまする」
「是非、末永いお付き合いをお願いしたいですね、マリア嬢」
フェヴェッツェ公は嬉しそうに微笑み、次いでソウルイーターに向き直る。
「貴殿も、本当に申し訳なかった。私にできる償いならば何でもしよう」
「俺は何もされていない」
「貴殿はグレゴリオに罠に嵌められかけた。それにグレゴリオの炎から私と姫を守ってくれた。謝罪と感謝はしてもし足りないくらいだ」
穏やかな表情でフェヴェッツェ公は言う。ソウルイーターは困ったように頬を掻く。避けられ、虐げられたことはそれこそ数えられないほどにあるが、こうやって感謝されたことは今までほとんどなかったからだ。それに唐突に償いなどと言われても何も思い浮かばない。
その時、部屋の柱時計が八時を告げた。
「もうかような時間かや。フェヴェッツェ公、よろしければ妾はこれにてお暇いたしたく」
「俺も失礼しよう」
「そうですか。ならばすぐに馬車を用意させましょう」
フェヴェッツェ公が馬車を手配しに部屋を後にすると、マリアは隣に座るソウルイーターを見た。
「良かったのかや?」
「何がだ」
「フェヴェッツェ公だ。適当に金でも何でも言えばよかったであろう?」
「償いと言われても俺は特に被害を受けた覚えはないし、あいつに何かしてもらおうという気もない」
「汝らしいの」
マリアは小さく微笑んだ。
「今宵はもう遅い。妾の屋敷に泊まっていくとよい」
「いいのか?」
「……汝、妾が言わなければどうするつもりだったのかや?」
「このまま次は南にでも行こうかと思っていた。俺は西の出身だからな」
「ふむ、南か。妾も行った事はないな。手形を持ってはいても、北から出たのは汝と会った時が初めてだった」
「……だからか」
「何が?」
旅慣れているものならば関所を破壊などしない。そう言いかけてソウルイーターは口を噤んだ。フェヴェッツェ公が戻ってきたからだ。
「馬車の用意が整いました。またいつでもいらしてください、お二方」
「うむ、是非に」
「…あぁ」
そうして、2人はフェヴェッツェ公に見送られ屋敷を後にした。
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