Bijou Vert-9-
翌朝。
昨日と同じようにマリアとソウルイーターが連れ立って食堂へ入ると、ミルカはいつにも増して上機嫌に二人を迎えた。
「母上、如何いたしました? 顔がにやけておりまする」
「これが笑わずにいられようか。マリア、何故言わぬのかや?」
「何のことかわかりかねまする、母上」
母と向かい合うように席に着き、ラナが己の前に配膳をするのを見ながらマリアは言う。ソウルイーターも若干不思議そうな表情で事の成り行きを見守っていた。
「フェヴェッツェ公から昨夜のことについて文を頂いてな。マリア、何故ボディーガードがかのソウルイーター殿ということを妾に言わなかったのかや?」
ミルカはソウルイーターをちらりと見ながら娘に向かって微笑む。
「言っていたら、どうなりました?」
「もちろん、そなたの婿候補に加えていたもの」
「………何故に?」
「マリア、ソウルイーター殿といえばやはりその特異な能力は有名じゃ。妾らフォーカロルの血筋と合わされば行幸以外の如何になろうや。この際地位などどうでも良い。マリア、ソウルイーター殿と婚儀を催しませ」
「は。母上……?」
マリアとソウルイーターは目の前の食事に手をつけることも忘れ、ミルカを呆然と見遣る。
「確かにソウルイーター殿は悪名もちらほらと聞くが、フェヴェッツェ公の文からそれは虚偽であることがわかったのじゃ。それにの、ソウルイーター殿は昨夜フェヴェッツェ公の不逞な家臣からマリアを守ってくれたそうではないか。妾は妾自身の仕事柄、巷の悪名は気にせぬ性質での。ほれ、何なら今すぐに婚儀の準備をしても妾は一向に構わぬぞえ?」
二人はもう声も出せずにミルカの勢いに押されていた。ミルカはひとり上機嫌に話を続けていく。
結婚後の子供の話になったあたりでマリアが正気に戻り、ソウルイーターの袖を僅かに引く。ソウルイーターも得心がいったというように小さく頷き、二人はミルカが目を離した隙に食堂を飛び出した。
「母上…何故あそこまで話が飛躍するのか……」
自室に飛び込み、息を切らせながら文句を言うマリアにソウルイーターは無言で頷く。マリアはソウルイーターをちらりと見、袖口から扇を取り出した。
「逃げる、かや? 妾は母上の婚姻話に付き合うのはもうこりごりだ」
「そうだな。俺は元々根無し草、こういった一所に留まるのは向いていない。……一緒に来るか」
「そうよの。巷にはまだ機械獣は多いと聞く。汝一人では少々心配ゆえ、ついて行ってやらぬこともない」
ソウルイーターの誘いにマリアはわざと大仰に頷いてから微笑み、引き出しからパスポートと財布を取り出した。そして机の上においてあった緑色の宝珠を首に下げる。
「今度は関所を壊すようなへまはせぬ」
「……期待しておく」
マリアの冗談じみた台詞にソウルイーターは苦笑して頷く。そして2人はマリアの操る風に乗ってベランダから外へ飛び出した。
END
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