Bijou Vert-5-

 北方との関所から歩くこと半日。
二人がたどり着いたセリカスタンは、賑やかな国だった。ガヤガヤとまるでお祭り騒ぎのように人々がざわめき、露店からは威勢のいい声が飛び交っている。

「ようやく着いたか」
「ずいぶんと人が多いな」
「ここはセリカスタンの首都、ランカダール。各国から兵士志願の者や行商人が来るから毎日が祭りようだと家のメイドが話しておった」

 賑やかで彩やかな街並みに、マリアは嬉々として周囲を眺めていたが、ソウルイーターは己の珍しい容姿に突き刺さる視線とザワザワとした喧騒に、少々鬱陶しそうに眉を潜めた。こういう騒がしい場所は嫌いではないが、気配が多すぎて逆に何も感じられなくなる。

「人ごみは苦手かや?」
「エナジーと気配が多すぎて酔いそうになる」

 マリアはしばし考え、裏路地の方へと足を向けた。こちらならば大通りほど人はおらず、またそれなりに面白いものが見つかると思ったのだ。
 宿に行くという手もあるが、マリアは身ひとつで家を飛び出したため一文無しだ。
 ふと正面にさがる看板が目に入った。

「万屋、か。ここに入ってみぬか?」
「構わない」

 ソウルイーターも目的地を東に定めていたものの、特に何をするというわけでもなかった。観光と言っても視力の弱い自分に見られるものは限られており、それならばこの少女に付き合うのも悪い気はしなかった。
 所々ペンキの剥げた扉を開くと、快活な低い声が二人を出迎えた。

「いらっしゃい。何が欲しいんだ?」

 セリカスタンの人々の言葉遣いはどこかざっくばらんで気安い感じがある。それは初対面の旅人にも同様らしく、この店の主人であろう大柄な男も、一見すればカップルのような二人に楽しげに声を掛けてきた。

「お二人さん、この国に来たばっかだろ。特にそっちの兄さんは宿に荷物も置かずに彼女の買い物に付き合うなんてな。優しいじゃねぇか」

 男はポンポンと言葉を並べ立て、店の棚から幾つかの品物を取り出した。

「そんな仲睦まじいお二人さんには、この店で一番役に立ちそうなものを売ってやろう」
「役に立つ、ではなく立ちそう、なのかや?」
「道具に心はねぇからな。使うやつによって役に立つか立たねぇかは代わるのさ」

 主人は豪快に笑い、店の中央にあるテーブルに品物を置いた。

「これは鼠の尾と蜥蜴を粉末にして合わせたもの、こっちは南の海に住む鯨の髭だ。粉末は上手く調合すれば薬になるし、髭だって結構頑丈だから楽器くらいは作れるぜ」

 男は自慢げに品物を紹介していくが、マリアとソウルイーターが使いそうなものはあまりない。

「セリカスタンは魔道具大国。ならばその名に見合ったものはないのかや」

 マリアの至極最もな言葉に男は困ったように頭をかく。

「無茶いうな、嬢ちゃん。魔道具なんてたいそうなもんは魔道具屋にしかねぇよ。この間まではウチにも一個だけ特注品があったんだが、泥棒に入られてな。それ以来魔道具なんてご立派なもんは置かねぇことにしたんだ」
「特注品か。どんなものだったんだ?」
「緑色の宝石っぽくて、形は丸くて芯が光っているやつだ」

 ソウルイーターの疑問に、主人がこれくらいの、と言って指で小さな円を作った。どこか見覚えのある大きさだ。
「主の話だと、これと似ているの」

 マリアが胸元に下がっていた宝珠を見せると、主人の顔がみるみる赤くなっていった。

「こ、これだこれ! 何で嬢ちゃんが持ってるんだ!?」
「妾はそやつから貰った」

 マリアは己の横に立つソウルイーターを指で示す。

「俺はこれを他人から貰った」

ソウルイーターは少し思い出すように目を閉じてから答えた。

「ど、どこでだ!? そいつが泥棒に違いねぇ」
「こいつと会う少し前に旅の男と交換した」
「誰とじゃ?」
「グレゴリオと名乗っていたな。だが前に言った通り、俺は視力が極端に弱い。エナジーはわかったが顔は知らない」
< br>  ソウルイーターの言った名前に聞き覚えがあるような気がして、マリアは眉を顰める。

「グレゴリオだと…?」
「知ってるのか、嬢ちゃん?」
「そのような名は北でも少ないからの。妾の知っているグレゴリオは確か、フェヴェッツェ公の家臣であったはず。かつては国王に仕えていたそうだが、何やら王の機嫌を損ねたらしくクビになり、フェヴェッツェ公爵家に拾われたらしいの」

 思い出すようにゆっくりと語るマリアに男は首を傾げる。

「少ないったって……他にもいるにはいるんだろ。そいつじゃない可能性もあるんじゃねぇか?」
「否、元々グレゴリオとは貴族の名であって平民がつけてよい名ではない。それに貴族であっても、かつて国王に謀反を起こした恥さらしの名をつけるような愚か者はおらん。フェヴェッツェ公の家臣は出自が没落貴族であったと聞く。そのような皮肉じみた名をつけるのも得心がいく」
「…詳しいな」

ソウルイーターの呟きにマリアは悠然と微笑んでみせる。

「フォーカロルの跡継ぎとしては当然のこと。さて、店主。これは返したほうがいいのかや? 妾たちが無関係とはいえ、これはこの店のものであろう?」

 男はしばし考え、マリアとソウルイーターを見比べてから首を振った。

「いや、そっちの兄ちゃんが嬢ちゃんにプレゼントしたんだろ。それを奪い取るほど俺も野暮じゃねぇ。それは嬢ちゃんたちにやるよ。その代わり頼みがあるんだが……」
「何だ?」
「それを盗んだやつを知ってるなら、そいつから代金取って来てくれねぇか? 俺はこの通り一人で店やってるんでな。北の国までなんかいけるわけがねぇ。だが俺も一人の商人だ。金貰わずに品物渡すなんてこたぁ出来ねぇ。…頼めるか?」

 マリアは少し考えるように俯く。
 代金をとりにいくのは構わないが、自分は母に捜されている。せっかく国外逃亡までしたのにそれで捕まってしまっては元も子もない。しかし……

「わかった。引き受けよう」

 マリアが答えを出すより先にソウルイーターが請け負った。

「あの男を捜して金を取ってくればいいんだな?」

「助かるよ、兄ちゃん。代金は…そうだな。迷惑料含めて500リガで頼む」

 男はいたずらっぽく笑い、即席で書いたレシートをソウルイーターに差し出す。

「500リガ……」

 マリアとソウルイーターは顔を見合わせた。
 500リガといえば平民が家一軒買えてしまう程度の値段だ。

「……わかった。行くぞ」

 ソウルイーターはレシートを受け取って頷き、マリアの腕を引いて店から出た。視力が弱いはずなのに、まるで見えているように扉を開き、どこにもぶつかることはない。

「どういうことかや?」

 店を出ると、マリアはつかまれた腕を振りほどきソウルイーターに向き直る。ソウルイーターは感情の読めない虚ろな瞳でマリアを見つめた。

「盗品だと知らなかったとはいえ、受け取った俺にも責任はある。だがお前は北へは戻りたくないんだろう。……ここで別れても、構わない」
「何だと…?」
「奴のエナジーは覚えている。北は広いから少々長引くだろうが、時間さえあれば俺一人でも問題はない。だから…」
「たわけ。それでは何年かかっても見つからぬわ。妾も行く」

 マリアはひとつ溜息をつき、呆れたように言う。

「グレゴリオは常にフェヴェッツェ公の傍におる。しかしフェヴェッツェ公は月に一度領地の警備監督に出る以外は屋敷にこもっていることが多い。かといって汝が訪ねて行ったとてそのなりでは門前払いが落ちだろう。故に妾が手伝ってやろう」
「……いいのか?」
「母上に見つかる前にこちらに戻ってくれば良いだけのこと。気にするな」

マリアはさらりと髪を背中に流し、もと来た道を戻り始めた。

「手形がないのは不便よの。時間があれば母上の執務中にこっそり忍び込んで財布もろとも取って来るのもよいやもしれぬ」

マリアはそう言って微笑み、己が壊した北との関所へ歩いてゆく。その後ろを、ソウルイーターは苦笑しつつ追った。
←4    6→
文章部屋へ