Bijou Vert-2-

―――、凛…。

 朝霧にけぶる鬱蒼たる森の中、何かを感じて顔を上げた青年の銀の髪に、鈴の音が響いた。銀の髪の青年は、白い顔に宿る灰色にくすぶった瞳を空へと向けた。

 ―――、予兆? いや、予感?

 ほんの一瞬よぎった胸騒ぎを、何事もなかった顔をして、青年はすぐさま心の奥にしまい込んだ。視線の先は、もう霧の道に戻されている。青年は、歩みを再開する。
真っ直ぐに前を見据える、灰色の瞳。けれど、その瞳は虚ろな視界しか持っていない。それでも、彼が一歩もあやまたずに足を踏み出してゆけるのは、周りの自然がもたらすエナジーのおかげ。彼は目の視力を必要としない。周囲の生命が発するエナジーを吸収することで、世界を見る≠フではなく視る=B
 それは、彼が生きるために必要な行為。けれども、同時に他者にとっては脅威ともなる特異の力。彼がその気になれば、エナジーを根こそぎ吸い取り、生命そのものを喰らい尽くすこともできる。視力と魔力を持たぬ代わりに、何のためにそんな能力を持って生まれてきたのか、彼自身も知りはしない。ただ、彼は生きるだけ。そして、生きるならば何を為そうか…と思うだけ。

 『魂を喰らう者ソウル・イーター

 彼をそう呼んだものがいた。もっとも、もういない。
 月の光のように白い肌と髪を、青年は闇色のマントのフードに隠した。肩まで伸びた細い銀髪に、小さな金の鈴が揺れる。霧が晴れ始めた。空が蒼味を帯び始める。

  くす…。

 先の胸騒ぎのせいだろうか。青年は、口元に人知れず笑みを帯びた。森の道を東へゆく。向かうは、司法の国・セリカスタン。
 青年の歩みの後には、静謐が残される。太陽が昇りきるまでの、冴え冴えとした空気。
 遥か西から伸びてきた道は、まもなく、北の国メイデレークの国境をかするだろう。


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